雨の目録

■夢と記憶の話

I.暖炉
 暖炉飾りの上に暗い雲が置かれている。薄い水蒸気の膜に大理石模様を透かし、冷ややかなうねりの間から渦巻く光を滲ませて、迫り来る嵐の予兆を告げる。

II.額縁
 集めるべき眼差しを失った額縁達。炉棚に並び、肖像を持たず、日焼けした壁紙を写し取る。接木の輪郭は風を孕み、飾るのは過ぎ去りし時の軌跡。

III.窓
 静かな室内に差し込む街の景色。窓は固く閉じられたまま、曇った硝子が微睡んでいる。淀んだ宙に漂う塵が時折、魚のように煌めく銀色の腹を翻す。

IV.食卓
 危うい均衡を保ち、天井から吊り下げられた空。電灯傘の底で電球を包み、繋ぎ合わされた襞を広げ、皺の寄る食卓に沿って、虚ろな下腹部を開く。

V.隣室
 開かれた隣室に港が広がっている。穏やかな水面に浮かぶ漁船が船側に柔らかい波を受け、床板の木目に凪いだ潮の匂いを満たし、密やかに揺れた。

VI.椅子
 煉瓦造りの倉庫が建ち並ぶ。煤け、崩れかけた壁面に組まれた目地が、聳える背凭れにあしらわれている。自らの重さに軋む椅子に支える主人はいない。

VII.数字
 椅子に座り、港を彷徨い歩く。潮風で錆び、赤黒い鱗を零す倉庫の扉が目に入る。切妻屋根の許、年月を刻み込まれた塗装が描くのは、白く朽ちた数字。

 5 9 13 27 43 54

VIII.雨
 唱えた数字が肌を伝う。失ったなら、二度と取り戻すことはできない。留めるため、強く胸の奥へと仕舞い込む。確かな感覚と共に、それは雨となって降り始めた。

IX.光
 数字が雨となって降り注ぐ。雨は強くなる。そして記号はあらゆる色彩を纏い、輝きが辺りを覆っていく。閃光の裡に全てが一つに溶け合い、光が溢れた。

X.朝
 不意に目が開かれる。眩しさは消え、見慣れた部屋が浮かび上がる。横たわる胸元に添えられた両手を離し、掌の中で微かに脈打つ雨を口にする。