ベルとオッルとルッ

■お話

木切れで作った小さな帆船、沈まぬように掌に納め、池のほとり、そっと水面に浮かべ、船尾を先へと押してやる。音も無く岸辺から、船首が水を掻きわける。やがてゆっくりと、水際から僅かに離れ、帆は静かに眠りに就く。船体が立てた引き波が、雲ひとつない青空を描いて消えた。

岸辺を縁取るのは葦の茂み。腰を下ろし、胸の裡に膝を抱え、澄んだ空気に耳をそばだてる。飛び去る一羽のヤマバトの、その影は泳ぎ去る魚となり、船先を擦り抜け、藻と水草に覆われた水底に届かぬ空の夢を落とす。深い森。水底の木々の間からベルとオッルとルッが顔を覗かせた。

三角帽子にかぶり服、同じ背丈に似た仕草。小さな小さな子供たち。三人は珍しそうに竜骨を見上げ、おそるおそる近づくと、勢いよく飛びあがり、船側によじ登る。甲板は広く滑らかで、三人は楽しそうに声をあげて、マストのまわりを走り回る。湿った裸足が飛沫を散らし、船は微かな音を立て、左右にゆらゆらと揺れた。

揺れる船体に転びそうになりながら、ベルは水平線に目をやり立ち止まる。オッルとルッも立ち止まり、眉の上、手でひさしを作り、同じ方向に向かって背伸びした。

池と空の隙間に、緑に輝く島が浮いていた。どこまで走っても続く野原、枯れることのない草木や、年中実をつけるナツメにアケビ。野に住む皆に挨拶して、朝に夕に忙しく、終わりなく遊ぶのが仕事。延々と連なる丘の向こうに見える、雪降る街の灯り。空に引っ掛かった綿毛が、夜には明るい月となり、森はため込んだ陽の光を川の傍、星の許へと送り出す。三人は目を見合わせ、さっそく仕事に取り掛かる。

ベルはマストに登り、見張り台から行き先を定め、オッルは船尾楼にあがって舵を握り、船が進み始めるのを待つ。ルッは三角帽子にかぶり服、同じ色をした帆に向かい息を吹きかける。頬を膨らませ顔を真っ赤にし、体をくの字に折り曲げて、懸命に息を吹きかける。

お腹が背中にくっ付きそうになるほど頑張っても、船はまったく動かない。疲れたルッはオッルと交代する。頬を膨らませ顔を真っ赤にし、体をくの字に折り曲げて、懸命に息を吹きかける。頭がくらくらするほど頑張っても、船は少しも進まない。疲れたオッルはベルと交代する。ベルはお腹が背中にくっ付き、頭がくらくらし、その場でくるくる尻餅をついた。透明な錨が船を繋ぎ止め、船は眠る鳥のように嘴をその翼の裡に隠した。

疲れ果て、三人は甲板に寝っころがる。両腕を頭の下で枕にし、まだ日の高い空を見上げる。澄んだ風に体が羽毛となって飛んでいく。穏やかに漂う日差しが枯葉で膨らむベッドのように、うつらうつらとし始めた三人を優しく包み込む。

オッルのお腹が鳴った。その音で三人は目を覚ます。辺りはすっかり暗くなっている。ベルはまだ眠そうに目を擦り、ルッはあくびをして伸びをした。大きな丸い月が銀色の光を水面に注いでいる。三人は大きく口を開けて、ぱくぱくとお腹いっぱいにそれを食べた。膨れたお腹を抱え、両足を投げ出し、満足そうにため息をつく。栗色の髪が三角帽の縁を飾り、かぶり服の中で陽の種が、青々とした芽を出した。

立ち上がり池を見渡すと、数えきれないほどの星が、水底で揺らめき歌っている。様々な色を纏う歌声が、水の底から流れ出る夜を映し出す。さざ波にそよぎ、風が恥ずかしそうに踊っている。三人は顔を見合わせて目を輝かす。

ルッが甲板の上を駆け出した。あとの二人も負けじと駆け出して、船底に向かってひらりと飛び降りる。そして、楽しそうに笑い声をあげ、藻と水草の間にこぼれ落ちた星を拾いに、深い水底に広がる森の奥へと走り去る。残された船は暫くゆらゆらと揺れ、やがてゆっくりと、また眠りに落ちた。